医学部学生が実際に臨床現場で働いている先生方にお話を聞く企画
マッチングや病院選びなどの経験談を座談会形式で聞いてみました
前回に引き続き、ひとつの診療科にフォーカスして先生方をお招きしました。
帝京大学医学部附属病院高度救命救急センター長 角山泰一朗先生にお話を伺いました。
お話いただいた角山先生
「なぜ救急医を目指されたのでしょうか。」
僕が卒業したのは1999年で、2年間の初期研修というのはなくて、いきなり希望の科に入れたんだよね。学生時代に自分が興味があったのは、どちらかというと頭で、なかなか面白いなと思ってたんだけど、ただ、頭を扱うにしても、やはり全身的にまず見るのが基本かなと思ったんだよね。
当時アメリカのERというドラマが流行っていて、学生の時にそれを見てたんだよね。それで救急医になろうと思って。
全身的にいろんな疾患を見たいという感じかな。当時は総合診療科もなかったから、僕ら救急が、1次から2次、3次(救急)、歩いてくる風邪の患者さんから手を切った、脳梗塞、虫垂炎、それから重症な患者さんを診るような形のイメージで救急科を選んだかな。
「BSL実習(病院実習)が始まった4年生に向けて、救急科からは何を学ぶべきか教えていただけますか。」
救急は非常にシンプルで、ABCDE(気道、呼吸、循環、意識、環境)の順番に考えていけば良くて。
やっぱり救急の1番の目的は、蘇生行為だと思うので。
実際に我々がやっているアクションは、結局BLSやACLSとね、蘇生という意味では一緒なんだけど、それ以外においても我々の診療は全部ABCDEで考えていて、意識障害で来ようが、呼吸が大丈夫かというのをみている。
そういうのを身につけてしまえば、今後どの科に行っても役立つと思うんだよね。
ただ、座って考えるというより、アクションを起こしながらと言うか、蘇生しながら診断が何か考えるんだよね。体を動かしながら、それがなかなか面白いね。
あとは、いろんな疾患が来るので、そういう症例のバラエティとともに、基本はもうABCDEということを学んで貰えればいいかな。
「これまでに様々なご経験をされたと思いますが、今までで1番大変だったものはなんでしょうか。」
救急医というのはサブスペシャリティと言って、何を専門にするかというのが色々あって、僕は外傷外科医という外科系の救急医なんだけども、整形外科やいろんな循環器、脳外科などがあるんだよね。
僕はいろいろ経験して、もうありとあらゆる疾患を見たんだよね。例えば心筋梗塞であれば循環器を呼んだり、出血なら脳外科、吐血とかだったら自分でカメラで見たり、お腹の手術をやっていたんだけども、頭単独、腕単独(の外傷)じゃない時に誰を呼んでいいかわからないんだよね。そして、誰を呼ぶってやっぱり俺らなんだよね。
そんな中で、医者6年目かな、バイク事故の人を助けられなくてね。
当時30歳ぐらいの方がバイク事故で運ばれてきて、意識があったんだけど、助けられなかったんだよね。もちろん僕では対応できないから、准教授とか、手術をちゃんとできる人も呼んだ上で。
意識がちゃんとある状態で、お腹が痛いと言っていた人が手術室で亡くなるって結構衝撃的で、それが自分としては忘れられない症例で。
その時に、救命できなかった思いがあるんだけど、(多発外傷は)教科書を見てもどうしていいかわからないんだよ。当時はまだ、今あるガイドラインとかJATEC(外傷診療のトレーニングコース)とか、そういった決まったコースもなくて、各々やっていた感じで、患者が救命できなかった時にテキストを見たってあんまり載ってないんだよね。
確かにその患者さんは非常に重症で、当時として、救命が難しいのは今でも納得がいくんだけど、ただ当時はやっぱり自分の経験も知識もないから、「重症だから救命できなかったのはしょうがないよ」って言われた時に納得がいかなかったのね。だからそれに対して、ちょっと真摯に向き合わないといけないかなっていう。その症例が、起点になってて、自分としては、忘れられないかな。
「救急医としてのやりがいはなんでしょうか。」
縁の下の力持ち的な存在かなと自分は思ってるんだ。要するに、我々の第一は初療なんだよね。本当に短期間だよね。もしかしたら、気管挿管できるかどうかっていう、本当に数分の話だよね。
あと院内急変で呼ばれた時、急変した患者さんに対してバッと対応して、で、パッと去ってるんだよね。どちらかというと短期決戦なんだよね。
自分たちだけで全部見れるわけじゃないんだけど、救命できないと次の話に持っていけないわけで、その短期間の間にね、命を繋いで、ある程度診断なりをつけて専門家に渡すなり、自分たちで対応するっていうのをやるわけ。
そういった本当に時間がない時の対応っていうのが、いつになっても緊張感があるんだ。それは、救急科の魅力かなと。
あとはあまり環境が関係ない(ところ)かな。
それこそ物品がないからできないっていう医療じゃなくて、ある物品でやらないといけない。その延長がやっぱり災害であったり、あとは海外とか在宅だって、いろんな可能性があると思うんだよね。検査に使う物品とかが無いからできません、っていう医療じゃないのが、救急の一つの魅力かなと思うね。
「角山先生が留学されて1番良かったことはなんでしょうか。」
(まず留学のきっかけは、)医局に、Journal of Traumaっていう英文雑誌があって、それをパラパラパラって見てたらさ、裏の方にさ「外傷外科フェロー募集」っていうのがあったんだよね。それで外傷外科っていう存在を知ったんだよね。
当時の日本は、外傷外科っていう概念があんまりなくて、その時の教授に相談したら、日本国内どこ行っても一緒だぞと言われて。
あ、じゃあ海外行こうっていう、こう非常に短絡的に。
外傷外科を勉強するには海外しかないかなと思って、アメリカ行こうと思ったんだけどね。あっ、テストあるんだ、医療やるには、免許を取らなくちゃいけないことを知って。じゃあ、アメリカの医師免許取るか、みたいな。
留学して1番良かったことは…まあ苦労はしたんだよ、いろいろやっぱりね。
免許とってもすぐ行けるわけじゃないんで。なかなか向こうに行くのは大変だった。だけど、一体何が良かったってね、ひとつはね、日本がいい国だっていうのがよくわかった。
外傷外科医って、危険な地域ほど手術症例が多いんだよね。わりかしね、原始的な外科医なんだよ。怪我した人を治すとかね。あとは戦争の歴史でどんどん進歩した外科なんでね。ベトナム戦争とか第二次世界大戦とか、そういう話が出てくるぐらいだから、どうしてもね、戦争とは切り離せない外科なんだよね。
勉強しようとするとさ、やっぱり危険なところが多くて、アメリカだって、やっぱり銃社会。はで、銃創っていうのはね、やっぱり手術になるんだよ。
その後、僕は南アフリカも行ったんだけど、これまた危険なところで。
日本はそういった手術が少ないわけ、交通事故主体だから。逆に言うとね、社会として、やっぱり日本はいい国だっていうのがよくわかった。
だから、日本の良さがよくわかったっていうのが一つと、あとは家族との時間もあったし、あとはいろんな人と知り合ったよね。アメリカに臨床留学している人たちってね、その国のエリートだったり、頭のいい人たちだったりするから、世の中、頭のいい人ってのはすごいなと(思った)。
いろんな人と会えたっていうのと、日本の良さがよくわかったかな。
「先生は医者8年目に留学というお話だったのですが、どのタイミングの留学が一番いいでしょうか。」
自分が目覚めた時じゃない?
(僕は)学生時代、別にアメリカの医師免許を取ろうなんて思ってなくて、一般的な学生だった。でも外傷外科をやろうと思ったときに、やるしかないんだよねアメリカの医師国家試験を。だから自分がやろうと思わないとやらないよね。
だから、まず目標を持つべきじゃないかな。やっぱり具体的なことがないと大変なの。ましてや、業務や月に何回も当直とかあって、その間に労力を注ぐかっていうと難しくて。だから、別に学生のうちに取れるんだったら、全然取った方が効率としてはいいはずだよね。ただね、やっぱり日本で医者にならないといけないから、まずそれが第一だと思う。でも具体的な目標ができてからでもいいような気がするけどね。
まあどんなタイミングでも遅くないと思うんだよね。だって俺行ったのは医者八年目だから。でも行ってみると、同じフェロー(レジデントが終わった後のポジション)が同級生だった。
生半可な気力じゃできないから。モチベーションたるものが確固としてないとキツイよね。でも、そこに行ってそこじゃないと経験できないとなれば本気度が違うよね。俺、向こうで三年間外傷外科っていうのを学んで、あの三年間っていうのはね、日本で生涯やってても無理だから、それぐらいのものだった。やっぱり大変だったけど、別にそれは今となっては良かったし、若手が同じ道をやりたいと思えばやればいいと思う。所詮さ、アメリカの医学生が受かってる試験じゃん。別に一割、ニ割の人しか受かってないようなテストじゃないよな。だから努力次第だと思う。
「本日は、多くの貴重なお話をありがとうございました。最後に救急科、帝京大学の救命救急センターのアピールポイントを教えてください」
救急医療っていうのはね、あまり時代の流れに左右されないのかなと自分自身は思ってて。
もちろんいろいろ変化しているんだけれども、やっぱりどんな環境でもできるっていうのと、どの科にでもなれるっていうのはポイントかな。
例えば救急スタートして、それを元手に次のステップに行くのでも全然いいと思うんだ。それが専門外科であったり、専門的な内科であったり、在宅であったり、総合医であったり、小児科だっていいと思う。救急は別にゴールじゃなくて、最初の取っかかりでも全然いいと思うんだよ。初期の ABCDEを学んでもらって、各科に行くのも一つだと思うんだ。だから最初に何科か迷ったら救急いいんじゃない? って僕はよく言ってんだけども。
本当に僕らは何科でもない。内科でも外科でもないし。ただ救急の疾患で対応できるっていうのは重要で、院内でコードブルーとかで呼ばれた時に、救急のその経験を持っていれば、その後何科になろうが本当に非常に便利だと思うので。いろんな選択肢の第一歩にはなり得ると思うので、迷ったら救急医というのはまあ悪くないんじゃないかなと思う。ぜひ救急に興味持ってくれたら、もうそれはありがたいね。
ただ、きついっていうイメージはね、多分固定観念というか、わりかしフレキシブルな、昔からシフト制でやってるので、どんなニーズにも応えられるかなとは思ってるんだよね。
外傷に対応できる救急、外因性に対応できる救急救命センターっていうのは少ないんで、帝京の救急に入っていただければ外傷は経験できるし、かつ、どんな環境でもできるように育てようと思ってるんで。都会だけじゃなくて、地方であったりとかね。できれば世界も見てもらいたいと。自分が培ってきたことはね、惜しみなく提供したいなと思ってる。
救急医にはなってほしいな、現実、救急医になってる人少ないから。一人でも救急医が増えてもらいたい。
ご自身の経験をもとに素敵なお話をしていただきました。留学や救急医といった視野が広がり、貴重な経験になりました。
お忙しい中お時間を割いてくださった角山先生、本当にありがとうございました。
診療特化型座談会では各診療科にフォーカスして臨床現場で働く帝京大学医学部附属病院で働く先生方のお話を聞いていきます。
次回もお楽しみに!
